コロナになった…その2「HER-SYS〜準備」

カタヨリ

不安、寂しさ、安堵。

3日目

発熱が始まって2日目の夜を乗り切った私は、

その予想以上の辛さに、ホテル療養することを決意した。

もし濃厚接触者である家族が、まだ感染していないのなら

絶対に同じ目に合わせたくないと強く思ったから。

「寂しい」、「既に濃厚接触してるからもう手遅れなのでは」、

なんてもはや言ってられない。少しでも家族に陰性の可能性があるなら、

私が居ることでその可能性が小さくなるなら、一刻も早く出て行きたい。

 

HER-SYS(ハーシス)

その日の朝からハーシスによる自動音声通話での健康観察記録が始める。

これについては保健所の職員から、毎回担当者からの電話で確認する方がいいか、

ハーシスでの確認でもいいか、と説明があり、私はハーシスを選んだ。

 

9時、11時、14時、16時に電話がかかってきて(きっかりではなく多少の遅れはある)

ダイヤルプッシュ式で、体温・血中酸素飽和度spo2・顔色やその他諸々の体調不良等

について入力していく。

最初は正直煩わしいと思ったけど、毎回毎回保健所の職員さんの手間になるよりは

良いと思ったし、慣れてしまえば人相手に気を使わなくて良い。

 

ハーシスの入力を終えると、枕元に体温計を置き布団の上でぐったりする。

相変わらず汗は酷く、寝て起きる度に着替えをした。

恐らくピークは去ったと感じたが、それでも37℃台の発熱は続いている。

無気力に携帯を眺めてみるものの、それ以上何かをする気にはなれなかった。

喉の痛みも増し、水を飲むにも苦労したけど、なんとか食事を押し込んだ。

パートナーには感謝しかない。

 

子供のひとりに鼻声、鼻水の症状が出始める。

本人は元気そうだけど念のため、マスクをして家族とは距離をとるようお願いする。

小4には少し酷ではあるけど。

まだ小4、されど小4。

分かっていないなりに分かっているみたいで、PCR検査で陽性を告げられた日、

帰ってコロナになったことを告げるとシクシク泣き始めた。

毎日毎日感染者数、死亡者数がテレビで報道されている、あの有名な病気になったんだ。

私は死ぬかもしれない、そう思ったらしい。

その時はオーバーだと笑ったが、昨晩以上がきたらそれもあり得るかもと思えた。

そして申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちになった。

 

こんなことがなければ週末には家族でキャンプの真似事でもと

思い切って買ったワンタッチ式の簡易テント、検査結果が出るまでの間、

それが彼の住処になった。

秘密基地気分を存分に満喫し、感染疑いを悪用してパートナーをいたずらに

酷使しようとする。我が子ながら侮れない適応能力だ。

ホテル療養について

14時過ぎ、ハーシスかと思って電話に出ると保健所からだった。

療養先のホテルが決まったとの知らせだった。

①最短でも10日間の宿泊(かつ症状がなくなって72時間以上が経過していることが条件)になること

②そのことに承諾するか(状況によっては自宅療養も出来ないわけではなさそう)

③宿泊先のホテルの住所や電話番号等

④アレルギーの有無

⑤ホテルまでは専用の乗り合いタクシーで行くこと

等が伝えられた。

ホテルへの持ち物やその他注意事項についても口頭で説明があったが、

「ホテル療養 ⚪︎⚪︎県 持ち物」

で検索して確認することを促された。

電話を切るとパートナーにホテル療養が決まったことを告げ、

早速準備に取り掛かった。

 

準備を終えた頃、タクシー会社から連絡があり、

翌朝9時半頃の出発が告げられた。

準備するもの

ここからは私がホテル療養をしてみて必要だと思ったものを書きます。

 

①下着や肌着は多めに(ランドリー等使えず、無くなれば自分で洗濯する必要がある)

②スウェット等の楽な部屋着(初日の手続き時以外他の療養者とはほとんど会わない)

③歯磨きセット、爪切りや耳掃除グッズ(アメニティは最低限しか置いてない、貸し出しももちろん無し)

④バスタオルやフェイスタオル(備え付けの一枚しか支給されない)

⑤趣味のもの(テレビは有りますが、ないと多分発狂します)

⑥嗜好品(支給されるのは3度の食事、お茶、水のみです。コーヒー等もありません)

⑦マスク(ホテル内を移動する際に使用する)

⑧解熱剤やその他の薬(処方はあるみたいだけど念のため持っておいた方が安心)

⑨筆記用具(ボールペン1本あれば十分かと)

⑩洗濯用洗剤(もし洗濯することを見越しているなら)

 

カタヨリ

次回に続く。